「17歳で富山を出た少年が、30歳で歌舞伎町のホスト社長に。」
『ラヴ上等2』で強烈な存在感を見せている、かずくん。
番組では過去について語った場面が大きな注目を集めました。
でも、かずくんについて調べていて、気になったことがあります。
「その後、どうやって現在までたどり着いたんだろう?」
かずくんについて検索すると出てくる、もう一つの名前。
「緋咲一馬」
ホストとして活動している名前です。
そして「緋咲一馬」としての歩みを追っていくと、現在のホストクラブ社長になるまで、決して一直線ではなかったことが分かりました。
17歳ごろに富山から関東へ。
渋谷でギャル男として過ごし、思いがけないきっかけから歌舞伎町のホストへ。
ホストとして結果を出した一方で、一度はその世界を離れています。
その後はスカウトの仕事を経験し、バックパッカーとして海外へ。
そして再び歌舞伎町へ戻り、現在はホストクラブ「ROMEO」の社長を務めています。
なぜホストになったのか。
なぜ一度辞めたのか。
そして、
なぜもう一度戻り、社長を目指すようになったのか。
本人がこれまでインタビューなどで語ってきた内容をもとに、17歳ごろから現在までの歩みを追っていきます。
かずくんは緋咲一馬
緋咲一馬。歌舞伎町ROMEOの社長を務めるホスト。渋谷でギャル男として過ごしていた頃にスカウトされたことでホスト業界入り。一度ホストを引退しスカウトや海外生活を経て現役復帰。人気キャバ嬢・夏目こころとの結婚後離婚。ラヴ上等2出演。パスポートを交換するために目の前でぶち破いた話わろた。 https://t.co/g7023KN8C2 pic.twitter.com/7mztD3sTsE
— 眼福さん (@marumarustrong) August 13, 2026
まず整理しておきたいのが、
「かずくん」「塩田一馬」「緋咲一馬」
という名前です。
検索していて、
「全部同じ人なの?」
と気になった人もいるのではないでしょうか。
『ラヴ上等2』で注目されているかずくんは、ホストとして「緋咲一馬(ひざき・かずま)」の名前で活動しています。
そして興味深いのが、「緋咲」という名字の由来です。
本人は過去のインタビューで、ホストとして売上1000万円を達成したタイミングで「緋咲」という名字を付けた経緯を語っています。
その名字は、自分をホストの世界へスカウトしてくれた人物に由来するものだったといいます。
つまり「緋咲一馬」という名前には、ホストとして歩んできた歴史の一部が残されているんですね。
ちなみに「一馬」については、本人がインタビューで自身の名前をそのまま使っていることを明かしています。
緋咲一馬。歌舞伎町ROMEOの社長を務めるホスト。渋谷でギャル男として過ごしていた頃にスカウトされたことでホスト業界入り。一度ホストを引退しスカウトや海外生活を経て現役復帰。人気キャバ嬢・夏目こころとの結婚後離婚。Netflixのラヴ上等2出演。昼と夜どっちが偉いかを解説してくれていますよん https://t.co/LdDCLebRcd pic.twitter.com/XSohPItFHX
— 眼福さん (@marumarustrong) August 9, 2026
そして「緋咲」という名前の由来をたどると、次の疑問につながります。
そもそも、なぜ彼はホストの世界に入ったのでしょうか。
その始まりは、17歳ごろまでさかのぼります。
17歳で富山を出る
ラヴ上等2のかずくんこと緋咲一馬
バリバリのヤンキー顔から整形で
ここまでイケメンになれるなら夢あるよな pic.twitter.com/8uaCEtbrkv
— クロニクル・ラボ (@gekibnews) August 12, 2026
「17歳で富山を出た少年が、なぜ歌舞伎町のホストになったのか。」
現在はホストクラブの社長を務める緋咲一馬さんですが、最初からホストになることを目指して富山を出たわけではありません。
本人が過去のインタビューで語った内容をたどると、その始まりは17歳ごろ。
地元・富山を離れ、当時母親が暮らしていた神奈川県へ移ったといいます。
当時、アルバイトをしながら夢中になっていたのが、流行していたギャル男文化でした。
ほぼ毎日のように渋谷へ足を運び、同じようなファッションを楽しむ仲間たちと過ごしていたと本人は振り返っています。
現在の「ホスト社長」という姿から見ると、少し意外ですよね。
しかし、この渋谷での日々が結果的に歌舞伎町へとつながっていきます。
ギャル男文化が次第に下火になると、周囲の仲間たちが少しずつ歌舞伎町のホストの世界へ移っていきました。
最初は緋咲さん自身も、本格的にホストをやろうとしていたわけではありません。
体験入店でもらえるお金を遊び代にするような感覚だったことを本人は振り返っています。
ところが、友人たちが次々と正式にホストとして働き始めます。
身近な仲間が働いている姿を見るうちに、緋咲さんにとってもホストが現実的な選択肢の一つになっていったようです。
そして19歳ごろ、もう一つのきっかけが訪れます。
場所は意外にも、ガスト。
食事をしていたところ声をかけられ、ホストにスカウトされたと本人は明かしています。
ここだけ聞くと、
「ガストで偶然スカウトされて、そのままホストになった」
ようにも見えます。
しかし、その前から仲間を通じて歌舞伎町が身近な場所になっていました。
- 富山から関東へ出たこと。
- 渋谷で出会った仲間たち。
- その仲間たちが歌舞伎町へ移っていったこと。
そして、ガストで受けたスカウト。
一つの出来事だけで人生が変わったというより、いくつもの出会いや環境の変化が重なった先に「ホスト」という選択があったことが分かります。
最初に働いたのは、歌舞伎町にあった「アリアージュ」という店でした。
ここで約2年間働いたと本人は振り返っています。
ただし、最初から売れっ子ホストだったわけではありません。
本人によると、当時のアリアージュは客入りが多い店ではなく、感覚としてはホストクラブというよりバーに近かったそうです。
さらに緋咲さん自身も、当時は仕事一筋だったわけではありません。
出勤も安定せず、ホストという仕事に本気で向き合っていたわけではなかったことを本人自身が明かしています。
その後、S.P.L、Dear’s 1stと環境を移していきました。
そして、ここで一つの変化が起こります。
本気でホストの仕事に向き合うようになったのです。
すると本人によれば、約2カ月で売上1300万円ほどを達成したといいます。
ラヴ上等にでてる緋咲一馬の金髪前髪あり時代普通にメロい https://t.co/mhx1Sb3ySv pic.twitter.com/fHSuBQQ59v
— がめついちゃん (@1okukure_) August 7, 2026
最初から順風満帆だったわけではない。
ホストになってすぐ売れたわけでもない。
いくつかの店や経験を経て、本気で仕事と向き合ったときに大きな結果がついてきました。
ここまでなら、
「このままホストとして上を目指して、現在の社長になったのかな」
と思いますよね。
ところが緋咲さんは、ここで意外な選択をしています。
一度、ホストを辞めたのです。
売れたのになぜ辞めた?
— 緋咲一馬 (@CRAZYbee0224) November 3, 2024
なぜ、大きな売上を作れるようになったタイミングでホストを辞めたのでしょうか。
ここは本人のインタビューを読むと、理由がかなり具体的に見えてきます。
本人によると、大きな売上を作った一方で、ホストの仕事を面白いと思えなくなった時期があったといいます。
そして向かったのが、以前からやってみたかった、
バックパッカーとして世界を旅すること。
「売れなくなったから辞めた」
わけではありません。
結果を出したあと、一度ホストから離れ、もともと興味を持っていた別の道へ進むことを選んだわけです。
ただし、すぐ海外へ飛び出したわけではありません。
まず始めたのが、スカウトの仕事でした。
本人によると、その期間は約1年間。
収入を得ながら世界を旅することを考え、準備を進めていたといいます。
そして実際に海外へ。
念願だったバックパッカーとしての旅を始めました。
ところが、その旅は思わぬ形で止まります。
新型コロナウイルスの感染拡大です。
本人によると、海外を2カ国ほど回ったところでコロナ禍となり、そのまま旅を続けることが難しくなりました。
世界を旅するためにホストを辞めた。
そのために仕事も変えた。
実際に海外へも出た。
それでも、自分ではどうすることもできない理由で計画が止まってしまったわけです。
そして、ここから人生は再び歌舞伎町へ向かいます。
海外へ行けなくなった時期に、知人がいたCRAZY GROUPの「Drop」で再びホストとして働き始めました。
ただ、最初から、
「もう一度ホストとして本気でやる」
と決めて戻ったわけではなかったようです。
当初は海外へ行けない期間の仕事という感覚もあったことが、本人の話からうかがえます。
ところが、実際に働いているうちに気持ちが変わっていきました。
再び、
「もっと売れたい」
という思いが出てきたと本人は振り返っています。
そこで以前から縁のあったグループへ本格的に復帰。
もう一度ホストとして歩み始めることになります。
一度目と二度目では、ホストという仕事への向き合い方が変わっていました。
若い頃は出勤も安定せず、本人自身も仕事に本気で向き合っていたわけではなかったと振り返っています。
しかし復帰後については、真面目に仕事へ向き合うようになったことを本人自身が語っています。
さらに、役職を上げるには売上だけではなく、普段の働き方なども見られる環境だったと説明しています。
そしてもう一つ見えてくるのが、仲間と働くことへの意識です。
職場に友人が多く、みんなで働く毎日そのものを楽しいと感じるようになったことも明かしています。
一度ホストを離れ、別の仕事や海外での旅を経験してから戻ってきた歌舞伎町。
そこで緋咲さんは、以前とは違う形で仕事と向き合うようになっていきました。
そして2023年。
緋咲さんは将来について、代表になり、その先で社長を目指したいという未来を語るようになります。
若い頃にはなかった、次の目標が見え始めていました。

なぜホスト社長に?
―ホストになったキッカケは?
地元がすっごい田舎なんで、こんなとこで死にたくねえなあと思って17のときこっちに出て来たんですよ。実家は富山なんですけど離婚した母親が神奈川にいたんで。最初はそこに住んでバイトとかしながらギャル男をしていて。(緋咲一馬さん) pic.twitter.com/Ff4g6GyIAD
— メゾンドボーテ (@beaute_tokyo) December 17, 2025
では、なぜ緋咲一馬さんはプレイヤーとして売れるだけではなく、ホストクラブの社長という道を目指したのでしょうか。
2023年に緋咲さんが語っていた、
「代表になり、その先で社長を目指したい」
という未来。
それから約3年。
2026年現在、緋咲一馬さんは歌舞伎町のホストクラブ「ROMEO」の社長を務めています。
つまり、当時思い描いていた未来を実際に形にしたことになります。
「ホストとして頑張って昇進したから社長になった」
だけでは、現在の姿は説明しきれません。
現在の緋咲さんの言葉を追っていくと、特に印象的なのが「人」への目線です。
若い頃は、まず自分自身がプレイヤーとして結果を出す世界にいました。
しかし現在は、自分自身の売上だけではなく、一緒に働く人や店の未来について語る立場になっています。
そして現在の緋咲さんが思い描いているのは、今いる店の中だけではありません。
本人が将来について語っている、少し変わった構想があります。
それが、
「村」
です。
もちろん、本当にどこかに村を作るという単純な話ではありません。
緋咲さんが思い描いているのは、店を辞めた後も元従業員や仲間たちがつながり、お互いの仕事を応援できるような関係。
例えば、かつての仲間がバーを始めたら飲みに行く。
シーシャ店を始めたら遊びに行く。
飲食店なら、みんなで食べに行く。
同じ店で働いている間だけではなく、それぞれが別の道へ進んだ後も関係が続いていく。
そんな人のつながりを、緋咲さんは「村」という言葉で表現しています。
ホストクラブというと、どうしても売上や順位に目が向きがちです。
緋咲さん自身も、その中で大きな売上を作った経験があります。
しかし現在語っている未来は、
「自分がもっと売れたい」
だけではありません。
一緒に働く仲間が集まり、その人たちが店を離れた後もつながっていく。
そんな場所まで思い描くようになっています。
さらに本人は、何かを選択するとき、
「どちらの自分がカッコいいか」
を判断基準の一つにしていると語っています。
後輩と食事に行ったら自分が払う。
誰かを祝うなら、しっかり祝う。
緋咲さんにとっての「カッコよさ」は、見た目だけではなく、自分がどう振る舞うかにもつながっているようです。
また、従業員たちと大人数で遊ぶ様子などもSNSで発信しています。
それを見て、
「この輪に入りたい」
と店にやってくる人もいるといいます。
上から部下を管理するというより、自分自身が楽しんでいる姿を見せ、その周りに人が集まってくる。
現在の発言を見る限り、そんな社長像を目指していることがうかがえます。
では、
「なぜホスト社長になったの?」
その答えは、単に「ホストとして売れたから」だけでは説明できないでしょう。
一度ホストの世界を離れ、別の仕事や海外での旅を経験。
再び歌舞伎町へ戻ってから仕事への向き合い方が変わり、2023年には社長という目標を語るようになった。
そして現在、その目標を実現しています。
本人が「これらの経験があったから社長になった」と明言しているわけではありません。
ただ、その歩みを追っていくと、自分がプレイヤーとして売れることだけではなく、店や仲間へと目線が広がっていったことはうかがえます。
17歳で富山を出た少年が、30歳で歌舞伎町のホスト社長に。
その13年間を追ってみると、社長になったこと以上に印象に残ったのは、
「自分が売れる」から「人が集まる場所を作る」へ。
少しずつ目線が変わっていったことでした。
そして今、緋咲さんが思い描いているのは、自分の店だけではありません。
店を離れた後も、仲間たちがつながっていられる「村」のような場所。
17歳で富山を出た一人の青年は、今では人が集まる場所を作る側になっています。
まとめ
ラヴ上等の一馬は、よく俺が経営していたサパーBAR歌舞伎町ロイズで
アリアージュのホスト時代は
週2から3くらいで一緒飲んでたな♪ロミオさんの苗字を継いで
緋咲一馬になったんだな!!! https://t.co/FS6BgzVrH2— 丹崎敏光 ギャルモデル事務所JDORAジェイドラ経営者 歌舞伎町案内人&歌舞伎町の住人代表 (@tanzaki) August 13, 2026
『ラヴ上等2』のかずくんとして注目されている緋咲一馬さんが、ホストの世界に入り、現在のホストクラブ社長になるまでにどんな道を歩んできたのかを見てきました。
17歳ごろに富山を離れ、19歳ごろにホストの世界へ。
結果を出したあとも一度その世界を離れ、スカウトや海外での旅を経験。
そして再び歌舞伎町へ戻り、2023年には社長を目指す未来を語り、現在はROMEOの社長を務めています。
最初から「ホスト社長になる」と決めて歩んできたわけではありません。
いくつもの選択や方向転換を重ねながら、現在の場所までたどり着いたことが分かります。
そして今、緋咲さんが大切にしているのは、自分自身が売れることだけではなく、一緒に働く仲間や、その先まで続いていく人とのつながりでした。
『ラヴ上等2』で見えているのは、緋咲一馬さんという人物の一部分です。



