ラヴ上等2MEGUMIなぜ声明?誹謗中傷だけが問題なのか?

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「誹謗中傷はやめてほしい」――その訴えは、もちろん分かります。

でも、MEGUMIさんの声明を見て、一つ引っかかったことがあります。

Netflix『ラヴ上等2』をめぐり、出演者への厳しい言葉が見られる中、企画・プロデュースを務めるMEGUMIさんが声を上げました。

出演者は過去も現在もさらけ出し、覚悟を持って参加している。

だからこそ、出演者を傷つけるような言葉はやめてほしい。

そんな趣旨の呼びかけです。

誹謗中傷が許されないのは当然でしょう。

ただ、その声明を読んでいると、どうしても一つの疑問が残ります。

 

その「過去」を番組として世に出したのも、制作側ではないのでしょうか。

出演者を守ろうとするMEGUMIさんの訴えには納得できる。

でも今回の問題を、「誹謗中傷する視聴者だけの問題」として考えていいのか。

ここには、もう一つ掘るべき問題がありそうです。

 

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MEGUMIはなぜ声明を出した?

結論からいうと、MEGUMIさんが今回声明を出したのは、『ラヴ上等2』出演者への誹謗中傷をやめるよう呼びかけるためです。

MEGUMIさんは8月13日、自身のInstagramストーリーズを更新。

『ラヴ上等2』の出演者について、過去も現在もさらけ出し、覚悟を持って参加しているという趣旨を説明したうえで、傷つけるような言葉はやめてほしいと訴えました。

 

ここで気になるのが、

なぜMEGUMIさん自身が声を上げたのか。

『ラヴ上等2』では恋愛だけでなく、出演者が抱えてきた過去や後悔までかなり踏み込んで描かれています。番組自体も、恋愛に加えて「過去の後悔や償い」「これからの人生への覚悟」、そして恋を通じて「生き直す」姿を描く作品として紹介されています。

当然、番組を見ればさまざまな意見が出ます。

「その行動は理解できない」

「なぜそんなことをしたの?」

と疑問を持つ視聴者もいるでしょう。

番組を見た感想として、出演者の行動に批判的な意見を持つこと自体は不自然ではありません。

ただ、それと本人の人格まで否定したり、傷つける言葉をぶつけたりすることは別の話です。

MEGUMIさんが今回止めようとしているのは、まさにその部分なのでしょう。

 

なお、ここは分けて考える必要があります。

特定の出演者の過去や告白が注目されていますが、MEGUMIさんが「特定の出演者をめぐる騒動を受けて声明を出した」と明言したわけではありません。

今回の発信は、『ラヴ上等2』出演者への誹謗中傷についての呼びかけとして見るべきでしょう。

 

ただ、今回それだけでは終われない理由があります。

MEGUMIさんは単に番組に出演している人物ではないからです。

MEGUMIさんは『ラヴ上等』の企画・プロデュースにも関わっています。

だとすれば、今回の声明を考えるには、MEGUMIさんが「番組を作る側」でもあることを無視できません。

 

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MEGUMIは制作にどこまで関わっている?


MEGUMIさんは『ラヴ上等』の企画・プロデュースを担当しています

つまり、完成した番組に出演してコメントするだけではなく、そもそも「どんな番組を作るのか」から関わっている人物。

では、なぜ『ラヴ上等』は出演者の過去にここまで踏み込むのでしょうか。

この番組は、一般的な恋愛リアリティー番組とは少し違います。

誰と誰が好きになるのか。

カップルは成立するのか。

もちろん恋愛も大きな見どころです。

 

しかし、それだけではありません。

出演者がどんな人生を歩んできたのか。

何を後悔しているのか。

過去とどう向き合っているのか。

そして、そこからどう生き直そうとしているのか。

恋愛の向こう側にある「その人の人生」まで見せることが、この番組の大きな特徴です。

だからこそ、過去を知らなければ、

「なんでこんな行動をするんだろう?」

としか思えなかった人物でも、それまでの人生を知ることで見え方が変わることがあります。

そこまで描くからこそ、出演者に感情移入する視聴者もいるのでしょう。

 

一方で、ここには大きなリスクもあります。

出演者の過去を見せるから、その人の人生が伝わる。

しかし同時に、過去を見せることで、その過去だけが一人歩きする危険もある。

MEGUMIさんは今回、出演者が覚悟を持って参加しているという趣旨の言葉を発しています。

確かに、出演者側にも相当な覚悟があったのでしょう。

 

ただ、ここで一つ引っかかります。

出演者に「さらけ出す覚悟」があったことと、制作側が「どこまで見せるのか」は、本当に同じ問題なのでしょうか。

本人が話したのだから、その後に何が起きても自己責任。

そう言い切ってしまうのも違う気がします。

一方で、自ら出演を決め、自分の過去を語った以上、すべてを制作側の責任にするのも違うでしょう。

では、本人が背負う責任と、番組を作る側が背負う責任の境界線はどこにあるのか。

ここが今回、一番考えたいところです。

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出演者への誹謗中傷だけが問題なの?

正直、私も☝の投稿がズバリ!そうだと思います!

「誹謗中傷はやめてほしい」。その呼びかけ自体に異論はありません。

ただ、

「本当に視聴者の誹謗中傷だけが問題なの?」

と引っかかった人もいるのではないでしょうか。

私自身、今回一番気になったのはここでした。

 

出演者の過去が衝撃的であればあるほど注目され、放送後にはその一部分だけがSNSなどで広がる可能性があります。

そこで疑問になるのが、

そこまで強烈な過去を番組として世に出せば、視聴者から厳しい反応が出ることは想像できなかったのか?

ということです。

 

もちろん、だからといって誹謗中傷が許されるわけではありません。

ただ、

「誹謗中傷する視聴者が悪い。以上」

で終わらせてしまうのも、少し違うように感じます。

まず分けたいのが、「批判」と「誹謗中傷」は同じではないということです。

番組を見て、

「この行動は理解できない」

「過去にしたことについては厳しく見られても仕方ないのでは?」

と感じることまで否定してしまえば、視聴者は番組について何も語れなくなってしまいます。

 

一方で、出演者の人格そのものを否定したり、関係のない家族や周囲の人にまで攻撃を向けたりすることは、番組内容についての批判とは違います。

つまり、

「過去の行動をどう評価するか」と、

「現在の本人をどこまでも攻撃していいのか」

は別の問題です。

では、

「自分で番組に出て、自分で過去を話したんだから自己責任では?」

という意見についてはどうでしょうか。

これも、まったく理解できない意見ではありません。

出演者は自ら番組に参加し、自分の過去を語っています。

自分の過去が多くの人に知られることについて、一定の覚悟はあったと考えるのが自然でしょう。

 

だから、

「出演者には何の責任もない。すべて制作側が悪い」

とするのも違います。

しかし、

「自分で話したんだから、その後どれだけ叩かれても自己責任」

となれば話は別です。

出演者が自分の過去を語ることと、それが最終的にどんな形で視聴者へ届くのかは同じではないからです。

 

リアリティー番組では、撮影されたすべての映像がそのまま流れるわけではありません。

何を放送するのか。

どこをカットするのか。

どんな順番で見せるのか。

私たちが最終的に見る「出演者の物語」は、本人の言葉だけではなく、番組として構成されたものでもあります。

だからこそ、

「出演者が自ら語った責任」と「制作側がどう見せるかという責任」は、分けて考える必要があるのではないでしょうか。

 

もちろん、『ラヴ上等2』の制作側が出演者を炎上させようとした事実は確認されていません。

炎上を狙った編集だったと決めつけることもできません。

ただ、出演者の重い過去まで作品の重要な要素として扱う以上、放送後にどんな反応が起こり得るのかまで考える必要はあるでしょう。

特に今は、番組の中だけで話が完結する時代ではありません。

衝撃的な発言があれば、その部分だけが切り取られる。

番組を最初から最後まで見ていない人にも広がる。

すると本来は、

「過去を告白する→向き合う→これからどう生きるか」

まで含めた物語だったとしても、SNSでは「過去に何をしたのか」だけが一人歩きする可能性があります。

 

『ラヴ上等2』が描こうとしているのが、過去そのものだけではなく、そこから「生き直す」姿なのであれば、これは無視できない問題です。

だからといって、制作側が出演者の過去をすべて隠せばいいわけでもありません。

過去まで描くからこそ、その人物の苦悩や変化が伝わる。

問題は、誰か一人を悪者にすれば解決する話ではないということです。

出演者には、自分の過去を公に語ることへの覚悟がある。

制作側には、その過去をどのような形で視聴者へ届けるのかという課題がある。

そして視聴者にも、過去の行動への批判と、現在の本人への人格攻撃を混同しないことが求められます。

 

つまり、

「出演者は覚悟して出たんだから自己責任」

でも、

「全部制作側が悪い」

でも、

「視聴者は何も批判するな」

でもない。

出演者・制作側・視聴者、それぞれの問題を分けて考える必要がある。

これが今回のモヤモヤに対する、一番現実的な答えなのではないでしょうか。

では、企画・プロデュースに関わったMEGUMIさんが自ら声明を出したことを、どう受け止めればいいのでしょうか。

 

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MEGUMIの声明をどう受け止める?

ここまで考えると、今回の声明は単なる、

「出演者を叩かないでほしい」

という呼びかけだけではないようにも見えてきます。

MEGUMIさんは『ラヴ上等』の企画・プロデュースに関わる立場です。

だからこそ、自ら声を上げたことは、番組を作った側として出演者を守ろうとした行動の一つと受け取ることもできるのではないでしょうか。

 

もちろん、MEGUMIさん自身が、

「制作側として責任を感じて声明を出した」

と説明したわけではありません。

そこは推測で断定できません。

一方で、

「声明を出したから制作側には何も問題がない」

と考えるのも違うでしょう。

 

むしろ今回の出来事からは、

出演者を守るために、番組側は声明以外に何ができるのか?

という新たな疑問も生まれます。

出演前に、放送後に起こり得る反応についてどこまで説明するのか。

重い過去を扱う場合、その過去だけでなく現在の姿までどう伝えるのか。

過度な攻撃が起きた場合、出演者をどう支えるのか。

今回の声明だけでは、こうした具体的な部分までは分かりません。

 

だからこそ、

「誹謗中傷をやめてください」

という視聴者への呼びかけと同時に、

「制作側は出演者をどう守るのか」

という視点も必要になってくるのではないでしょうか。

そして、ここで『ラヴ上等2』という番組そのものに戻ります。

この番組で描かれているのは、出演者の過去だけではありません。

後悔や償い。

人との出会い。

そして、そこからどう生きていくのか。

「過去に何をしたのか」だけではなく、「そこからどう生き直すのか」。

そこまで描こうとしている作品です。

 

だからこそ、出演者の「過去」だけが切り取られ、その人のすべてであるかのように扱われてしまうとしたら、少し皮肉にも感じます。

過去の行為について、

「それはおかしい」

と批判することはできます。

内容によっては厳しい意見が出ることもあるでしょう。

でも、

過去の行為を批判することと、その人がこれから変わる可能性まで否定することは同じではありません。

ここは分けて考えたいところです。

 

MEGUMIさんの声明は、今回の問題に対する「答え」というより、その境界線について改めて考えるきっかけになったのかもしれません。

『ラヴ上等2』が本当に「生き直す」姿まで描く番組なのであれば、

過去の衝撃だけではなく、その人がこれからどう生きるのか。

そこまで見届けることも、この番組のもう一つの見方なのではないでしょうか。

 

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まとめ

誹謗中傷が許されないことに変わりはありません。

ただ今回の問題を掘り下げると、それだけでは説明できない部分も見えてきます。

出演者が自ら過去を語ること。

制作側がそれをどう見せるのか。

そして視聴者が、過去の行動への批判と人格攻撃をどう切り分けるのか。

どこか一つだけを悪者にすれば解決する問題ではないのでしょう。

 

今回、MEGUMIさん自身が出演者を守るために声を上げたことにも意味はあると思います。

ただ同時に、重い過去まで扱う番組だからこそ、

「放送した後、出演者をどう守るのか」

という問いは残ります。

『ラヴ上等2』が描こうとしているのは、過去の衝撃だけではなく、その先にある「生き直す姿」。

 

だからこそ、

「過去に何をしたのか」だけでその人のすべてを決めるのではなく、「その後どう生きているのか」まで見る。

今回のMEGUMIさんの声明は、そんな番組の見方についても考えさせられる出来事だったのではないでしょうか。

 

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